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ウォルトディズニーとミッキーマウスと世界戦争。

今日は、ウォルトディズニーさんのネタをちょっと。。。

1901年12月5日、アメリカ合衆国・イリノイ州シカゴに生まれた漫画家、アニメ製作者、映画監督、実業家。
誰もが知っているミッキーマウスの生みの親。

幼い頃から絵を描くことが大好きだった彼はアートそのものにも大変興味を持ち、また鉄道マニアでもあった。各地のディズニーランドに鉄道が走っているのはそのためなのだそう。

写真を撮ることや新聞への寄稿などを好んで行い、夜は、自分の画力を磨くためにアカデミー・オブ・ファインアーツという専門学校にも通う。また、演技(パフォーマンス)にも興味を示し、学校ではチャップリンの物真似で友人達を楽しませていた。(ウォルトは大のチャップリンファンだった。後に誕生するミッキーマウスの動きは、チャップリンの影響を受けているそうだ)
その後、父が反対するにも関わらず、夜にこっそり家を抜け出して地元の劇場で喜劇などに出演するなど、どん欲にアートを求めていたそう。

第一次世界大戦が勃発した時、兄に感化され志願兵を希望するが、まだ16歳で年齢が足りなかったために、両親の反対を押し切り、年齢を詐称して戦地に渡る一面も。

軍の生活を終え帰国後、製作会社ウォルト・ディズニー・プロダクション(後のウォルト・ディズニー・カンパニー)を設立。
その後、あのミッキーマウスを誕生させる。

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(初期の映画ミッキー・マウスでは、ウォルト自身がミッキーの声優を演じていた。)


元気で愛嬌たっぷりの米国民的キャラクターとなったミッキーマウスは、太平洋戦争時代に政府により戦争にも利用される。
映画では、ミッキーマウスが戦闘機で零戦を撃墜するシーン、アニメ映画「総統の顔」には昭和天皇を風刺するシーンなどもある。作品の多くは、反ドイツ・反日本であり、連合国軍兵士、市民らの"戦意高揚"のために複数の映画でミッキーマウスは本意ではない役柄を演じさせられた。

時代に翻弄されたウォルトディズニーとミッキーマウス。
しかし、夢を創造し続けて来たアーティストはそれから約14年後、ついに「ディズニーランド」を開設する。

「いつでも掃除が行き届いていて、おいしいものが食べられる。そんな夢の世界を作りたい。」
「人間に創造力がある限り、この遊園地は完成しない。」

戦争による世界規模の環境変化が起ろうとも、利用されようとも
夢を貫いた彼はまさしく偉人。
だれもが愛する世界規模の「夢の楽園」を後世に残したのだから。

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スゴイ。

「道民に創造力がある限り、このギャラリーは完成しない。」

ということで、どうかひとつ。。。

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